量子電子光学実験と新原理の量子コンピューター
量子電子光学実験(Electron quantum optics)は、量子光学的な実験を伝搬する電子で行う実験です。電子は光子と違って周囲の電子や環境との相互作用が強く、その量子状態を比較的短距離で失うため、電子系では量子光学的な実験は難しいと考えられてきました。実際に、この分野の進展は、極低温で精密な測定を行う高度な実験技術の開発に支えられてきました。しかし、技術開発と共に電子波束の物理に関する理解が進展した現在では、マクロな距離をコヒーレントに伝搬する特別な電子波束の生成が可能であることがわかっており、その制御によって、これまで想定されていなかったような量子情報技術が実現する可能性があります。
既存の固体量子系を用いた量子コンピューターは、量子誤り訂正のために多数の量子ビットを必要とします。また、量子ビットの数に比例してハードウェアが大きくなります。多数の量子ビットの演算を実行できる巨大な制御系を用意することは非常に難しく、これはスケーラビリティに関する大きな課題として認識されています。量子電子光学実験の技術を用いると、伝搬する電子波束に量子情報を搭載し、多数の電子波束を同じ量子演算回路を繰り返し伝搬させることによって任意の量子演算を実行できます。そのため、ハードウェアのサイズが量子ビット数に比例して増大しなくなり、比較的小さなハードウェアで実用的な大規模量子コンピューターを実現できる可能性があります。私たちは、電子の量子回路を伝搬する電子波束の物理を解明し、新しい量子技術を開拓する研究を進めています。
多数の量子が量子もつれ状態を組む量子多体系は、その状態計算が困難であることが知られています。電子相関が強いスピン格子系はその代表的な例です。特に、局在スピンが多数の遍歴電子と結合した場合は複雑であり、局在スピンが2つだけの単純な系でさえ、局在スピン間の相互作用を正確に計算する手法がまだ得られていません。このことが物性実験の定量的な解析と理解を困難にしています。一方で、このような局在スピンと遍歴電子から構成される電子系は、強相関電子系の基本的な構成要素であり、多彩な物性の宝庫として知られています。
私たちは、制御性が高い半導体微細構造を用いた量子シミュレーションによってこのような量子多体系の定量的な評価を可能にし、スピン格子系の普遍的な性質を解明することを目指しています。将来的には、二次元マテリアルのマクロな格子系にもそれを応用し、これを汎用的かつ定量的な量子シミュレーションのプラットフォームに発展させる予定です。